明日から旅。
植物の植木鉢を見回りして、水やりをして、しごとがおわってから、休憩して、風呂に入り、さてと。支度。
昨日、旅先のバス会社さんに電話して、WEBチケットがお得かを聞いた。せわしいふんいきが伝わるというか、テキパキ、しようとしている観光地っぽい。
自分が愉しめるように、まわろう。
夜時間を、ソワレって呼びたくなるような雰囲気にしたい。好きなことだけをやる。
明日から旅。
植物の植木鉢を見回りして、水やりをして、しごとがおわってから、休憩して、風呂に入り、さてと。支度。
昨日、旅先のバス会社さんに電話して、WEBチケットがお得かを聞いた。せわしいふんいきが伝わるというか、テキパキ、しようとしている観光地っぽい。
自分が愉しめるように、まわろう。
夜時間を、ソワレって呼びたくなるような雰囲気にしたい。好きなことだけをやる。

株についてお勉強した方がいい、それで予約していた本を受け取りに行く。旅のガイド本も借りた。日常は、ノイズが多いとおもう。しごとじかんが6時間、午後から夜にかけて。朝や昼は、庭の雑草の花を摘んで、写真撮ったり、神社さん境内の芝生に座ったりして、おだやかな時間をすごしていた頃が、よかったね。
先日は、神社さんの結婚式に居合わせたのがよかった。ニュース、戦争中、という話題に、引きずられているわたしに、堂々とした祝儀の光景が必要でした。自分の内側にも、陰陽図のように悪い気持ちの領域があるのだけれど陽気な気持ちを盛り上げてゆきたい。
しごと終わってから、美容院へ行く。チャリで5分、初めまして、な店。大阪チェーン店が東京第一号店で出店されたってことでした。
ご担当の美容師さんは、写真だと痩せててかっこいい男のひとなのに、だらしないいんしょうというか、生活の乱れか、デブいし、服装がおしゃれじゃなかったです。ここにはもう、行かない。ハサミのバサって音が怖かったし。
仕上がった後に、写真を撮ってもらったのだが、後ろ姿、横姿からの顔面を、ありありと映され、はだがうすくてしみがめだつかお。こういうのをうつしてしまう、そのセンスをうたがったほうがいい。むきだしなすがた、が、わたしののうりからはなれなくて、何度も何度も、鏡を見たくなる症状。肌に、薬ぬろうか。
おととい、日曜の公園で、花粉の大きな破片が片目に入ったとおもう。しばらく涙が止まらなくて、てのひらでおおって、治ります。と唱えた。いちじかんくらいして、ケロリと本当に、いたみがトレた。
てのひらのパワーあるから、肌も、治しましょっ。
出社。ランチはマグロがカツになってる丼とお刺身のセット。吸い物が岩のりで、美味しかった。
帰宅時間そうそうに、近所老人からレンラクがあり、最寄りの駅にて、チャイティーラテホットを飲んだ。励ましらしかったがなんのその、むしろ、今日は抜群の取引が出来たので内なる力が漲っている。
国際政治について論じるのがご専門のひとが、わたしたちは人を打ち負かすために生まれてきたわけではない。と仰っていたのに感化され、周辺の好戦的なひとたちのことを、ついおもいうかべてしまった。からだのちょうしと連動しているというか、ちょうし悪いと、かんがえごとがずっと毒付いている。
ろくなことがなかった。とおもっている時間と、わたくしにおこったことをしゃべってしまうとじまんにしかならない奇跡。とかおもってる時間と、ある。
現世的な、競り合って勝ちたい、という欲を剥き出したまま、人に接してて、勝っているかどおか、優劣しか根拠になっていないようなの。が、長年、周囲に蔓延していたとおもう。あるいは、いまも。
自分の話しかしない、9割、喋りを占領し、それをふしぎにおもわない女。というのも、多いですね。自分に起こることだけが世界の中心であるかのごとく、こちらをギャラリーにして、ご自身の浅知恵を滔滔と述べてくる。
そのひとたちが、なんなのか。しょくばが同じで付き合わざるおえない間だけ交流して、ぱっ。と離れる。というふうに、音沙汰をなくすようにしてゆく。
かろやかで明るくなってゆく、術。
今日は、神社さんへ行く。5円玉が久しぶりにできた、現金をつかわなくなっている、それを納めに行きたいわ、と思い立つ。そしてお賽銭箱から振り返ると、ざざっと列ができていて花嫁さん花婿さんが門からご入場されてるところ。赤い大きな日傘。広い視界よ、階段から見渡せた。なんとめでたい。ほっこりと、肚から微笑む。
祝いごとを間近に見て、それを感じることができて、解けるような気持ちになった。この光景を見せていただいた日。
美術館へ移動。五感とは何かを問う、現代デジタルアートとやら。若いひとがいっぱい集っている。無響室をここに用意することになったきっかけの、作家さんでしたか。ほうほう。ICCへ行ったのでした。改装以降は、仕切られた部屋がわかりにくく、ぽっかり丸ごと見落としそうな構造っておもう。ガラス張りの足下に物が並んでるのを見る回廊で、拾える出来事が増えたね。
ケーキ屋さんに寄るつもりが昨日から改装工事。りゃ。別のチェーン店に移動してみたら、長蛇の列だった。行くのは今日じゃないなとおもい、Uターンした。新宿が混んでるだけだったからもう帰ろっと。最寄り駅の八百屋さんで、ショーケースの中にクレープパフェを見つけた。こちらを、帰宅して、ゆっくりいただきました。もの凄く美味しかった。
またしてもワインを取り出してまどろみの夜時間。
インテリジェンスがあるひとの、その知性が人の幸せのために存在するような発揮のされかたをする。珠玉な講義チャンネルを、みつけた。
先週とは打って変わって、きょうは、沈むような気持ちをなんとかする。という会議。わたしに、ギャンブルを喜ぶ質が、今まではなかった筈だが、数日前の、高揚感たるや、沸騰して火傷したようなケイケン。こういうのも積んで、自己規律を取り戻してゆきましょう。

近代美術館の、常設展を見る。混んでいた。
上野に移動したのも束の間で、早いバスでスカイツリーへ行く路線の、浅草で降車。遊園地の声は、反対側に反響するのね、ほぼ同じ音量が轟く。浅草寺さんの、本堂天井画を見上げてからお賽銭箱に、語呂で「イイ」を納めた。福を授かります。
海老天と蕎麦。笹の川の熱燗。お腹空いていて、もの凄く美味しかった。空腹こそが、秘訣。そしてコーヒー屋さん、いつものドリンクと、チーズケーキ2種類をオーダーした。惰性な流れ、おんなじ店のハシゴは、今日は、避けたかったと言ったのだが、年寄りに付き合うとこうなる。子供の頃は毎週、祖父がデパートへ私を連れて行き、食堂でソフトクリームを買ってくれた。これを、なんという退屈さだろう、付き合わされるのはウンザリ。と、子供のわたしは感じていた。時間が経つと、祖父の、連れて行ってあげよう、という気持ちに泣ける。
近所老人は、同じくらい老人で、現在わたしは毎度同じ店にしか行かない町歩きを、再現しているのかも。
ところで。カントは、現実と超現実、二元世界についてを、考えていたらしい。今のわたしは、その二元世界がわかる気がする。カントが、信仰心として述べたくだりは、なにも宗教であるひつようがなく、ことばでいいあらわすことができないきゅうきょく。わたしたちは知能指数100とか、110とか120それと五感をつかって、この世を認識しているのだけれど、知能指数1万とか1兆とか。1000も億も感覚があるとか、そういう存在からの世の認識は、違ってくる。空間や時間という枠組みがはずれたじょうたいのにんしきというか。
わたしは、面と向かった現実の俗に、馴染めないことを、この日記を通して考えている。馴染もうとする方向ではないけれども。そして、即物的な快楽だとか損得で、目先の取捨選択という反射反応を繰り返すひとへの嫌悪を、何度も書いている。ふつふつとしたいかりがありつつ、
けれどもわたしは、真善美そのものとつながったそんざいであることを、たいげんしてゆく。ほほえむとか、ここの大地に立ち、天と一体になるかんかく。
このことを、すでにカントは書いた。プラトンは書いた。らしい。似たようなぎもんがわく。それで友を見つけるみたいに読書をするのだ。
つづく
あたまを占拠していることが、遠いニュースだったりする時期が、今まで、大きくは二度あった。
震災。コロナ。遠くはないのかもしれないけれど、わたくし個人的には、ほとんどなにも、こうむることがなく過ぎました。ただ、わたくしの、翻弄のされかたというか、揺さぶられ、影響を受けた。というのが、酷い動じ方といえる。わたくしの不動心を試されるための出来事だったようにおもう。
震災、を、なるべくきょりをおいたかんさつをする。という態度を、とるべきであったのに、牛乳を常備し毎日温かいココアを飲む習慣を加えてしまい、気持ちはほっとしていたのかもしれないが、太った。
コロナ。わたしは、インフルエンザの保菌者を、感じ取って避けることが出来る。熱の症状の目視。気配。咳の飛び方で、パッ。と、察知できるのだ。これをコロナに試せなかった。どれくらい、安全だったのか。空いている、飛行機や新幹線で、旅行するチャンス、と素のわたしはおもっていたのだが、人目を気にする家の人の圧力で、すべて抑えこまれた。人の目。という基準は、ちがう。わたしはわたしの深い知を、キャッチしていたのに、周りに同調して過ごした。
ワクチンの量は、アメリカ人のサイズに合わせたものをぶちこまれたらしい。打つふりだけしてくれ、二分の一だけにしてくれ、という心の叫び。注射を担当した医師というのが兵隊さんみたいだったよね、身体におよぼすえいきょうを、考える脳を、医療従事者には託さないで、政府とか国家間の取り決めのとおり。アメリカのワクチン企業に、大金を注ぐ、が先行していた。と読んでる。
なんだかわけのわからない液体を、注入されて、それを体外に排出する力が、わたしにありますように。わたしの健康の力で異物が撥ねつけられますように。
道ですれ違ったひとの中に、コロナ患者がいたかもしれないが、じっさいのかんさつは無いまま、どういうかんじがコロナか、わたしは知らない。
とにかく大仰な話題を今日、始めてるけど、一次的な情報ではないことに、こころが流されることについて、しばらく考えることになる。遠くのニュースって、何?
今日は、しごとが終わってから、近所の温泉へ行った。スポーツジムが併設されていて、毎日通う、風呂に浸かることが常態化したオバハンで混んでた。誰とも目を合わせないようにしてたけど、大きな風呂あるあるで、赤猿の群れ、みたいな光景だった。ここの美しきところは、食堂。サービスに、こころがある。
あ、今、20:00になったね!と、体が察知したというか、この勘。合ってた。
朝方のこと。窓のすぐそばを、鳥がかなりはしゃぎながら飛ぶ。弾む気持ちが伝わってくる。家の外壁、2面を、曲がりながら飛んだ。この気持ちいい旋回に、もつれそうなとらわれたじょうたいだったわたしのこころは、つられて開放された。
すぐそばの現象が、あなたの、わたしの、体験だということです。
今日だけ、数日の株価低迷から、かいふくする、というチャートらしい。家のひとは投資をしていて結果、負けてるのだが、チャート知識というのを聞けるので、役に立つ。この知識を参考にしつつ、表を読む。
そして、指してた値に2円届かなかった、ここで細かく反射的に、目標値を下げなきゃよかった。わたしがもともと指していた値に、再び到達したのだ。しょぼい辺で利確。なんだか、神経つかったわ、こういう興奮って、どうなのよ。荒い。すぐにまた取引を開始したくなる、この衝動も、どうなの。さいごの、押し目買いは、上手いっておもった。
夢中になれる、楽しいことだから、続ける。楽観主義のひとは、株を、やったほうがいい。それと、運がいいひとは、お店やったほうがいい。
ところで。崇めるような存在を見つけたので、それは、伊藤寛。人生への態度を、見習いたいと思う。本を、読みなさい。
今日も、YouTubeを視聴。教育の話になって、教育学を専攻するような輩へのディスり方が、オモロかった。だいたい、ひとさまに上から物を言いたいっていう根性って、人としての価値が低いですよね、教育に携わることの根本の、先生になろうとしてしまう、どーしよーもなくくだらない層、しか、見たことないよ、教育者人材問題。みたいな話も、思い当たった。
わたしはサンプル採取が限られてしまうけど埼玉在住の主婦しかしたことないひとが、娘を大学に入れる一点張りな盲信的な、大学に入りさえすれば人生はなんとかなる、という、学問に向いてないことにびくともしない、アホって、薬ないない。みたいな事例。わたくしの憂い。呆れてものがいえなかったのだが、何に呆れたか、を、当事者に伝えそびれたまま。
ひとびとの9割は、無能。論語を毎日30分読んで、ピンとくる人間が1割育てばいい。これからの日本に望むこと。ですよね。